日本歯科評論 巻頭言 1960年5月号
日本歯科評論 巻頭言 1960年5月号

補綴の差額徴収


保険診療というのが、制限診療であり、規格診療であるということは百も承知である。
 だから、被保険者は、「三等診療」と唱えて、充分な診療は受けられないと根本的にあきらめてかかっていることも事実である。
 だが、病気の場合には「必然にして十分な医療」が受けたいと希うことは万人の望むところであろうのにそれがかなえてやれないのが保険診療である。
 即ち、社会保険医療には、治療指針や、薬の使用基準というものがあって、いろいろ制約されており、これを外しての給付は御法度になるからである。
 現在、歯科は、幸か不幸か、甲表一本であるが、一般医の方は、甲、乙二表で、一物二価という不思議な制度のもとでやっておるので、その一本化が強く叫ばれていることは当然であるが、歯科診療は例え、甲表一本であって、それが、われわれの望む報酬とはかなりの距たりがあるとしても、制度の上から、無限の医療と、有限の経済のために、時到るまで、我慢するとしても、なんとしても我慢の出来ぬのは、歯科医療の特異性の第一である補綴の報酬である。 
 実施の前から、予約的に、これに対する考慮は払うと、確かに当局からも聞いた筈だが、その後、日歯の運動の怠慢のせいか、当局の不振のためか、いまだに何の音沙汰もなく、玩具を作るような報酬で、第二の造物主的な、貴重な補綴物を被保険者に奉仕しているのである。
 ただ、金の使用については、既に差額徴収が認めら
れているとはいうものの、補綴物はただ、金だけによって左右されるものでは無い。進歩した補綴学を学んでも、それを施すことも出来ないし、技倆の差も、材料の差も十把一絡げの均一売り場で、形さえあればそれでいいといった調子である。
 先決問題として、補綴全体の五割値上げの要求と、速やかに差額徴収制度の実施を力強く要求する。

読み下し文

 保険診療というのは制限があって、歯科医師の裁量がないことは百も承知である。患者のほうでも最低限の医療であると諦めている節があるが病気の場合、誰だって最良の医療を受けたいと思うのが当たり前だ。しかし、それをかなえてあげられないのが保険診療である。患者のことより保険制度を守らないといけないからである。お医者さんのようには同じ医療を提供しても病院と診療所では治療費が異なるのも困るが、歯科はあまりにも治療費が安すぎる。国の経済上の事情があるので難しいのはわかるが、一番の問題は「入れ歯」や「被せもの」である。以前、厚生労働省が「今は予算的に大変だけどそのうちなんとかするよ」といったきり音沙汰が無い、いまだに、子供の駄賃のような値決めで神の創造物のような仕事を奉納している。金歯だけは保険以外に金属代を追加請求して良いことになっているが、そのような材料代の話では無く、仕事の質としての評価が無ければ進歩した医療を提供できない。いまのような材料代も技術料もいっしょくたの値決めだと、そのうち、歯が入れさえすれば中身はどうでもよいという歯医者もでてくるぞ。とにかく金銭的な評価として少なくとも五割は値上げして欲しいし。それと、保険請求に追加して患者の自己負担の加算が出来るようにすることを強く要求する。

注釈

(註1:甲表、乙表というのは現在一つになっている。註2:歯科の差額徴収というのはこの後、大きい社会問題となって現在は固く禁じられている)

最後に

 現在も昭和30年代とほぼ変わらない治療費で歯科医療を強いられている歯科は予言の書に書かれているようにモラルが地に落ち、矜持も持たないような歯科医が席巻している。